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判例評釈 最三小判H9.11.11(レーシングカー事件)「一般人の理解から違和感の残る判決」

大学院のゼミの課題として出されて初めて書いた私の判例評釈と、教授の解説を載せておきます。裁判の結論は、納税者からすると「なんでこんな理屈が通るんだ」と言いたくなるもので、多数の評者から批判がされているものですが、これが日本の税務訴訟の現実でもあります。直感的におかしいという感覚を持つのは容易だと思いますが、法解釈の勉強の題材としては、如何にその感覚を構造的に分析して論じることができるかという点が問われるのだと思います。

目次

課題 判例評釈

1 事案の概要

1-1 事件番号・裁判の経緯

H6(行ツ)第151号 物品税賦課決定処分取消請求事件(レーシングカー事件)  集民第186号15頁
一審:京都地判H5.1.29 原告勝訴
二審:大阪高判H6.3.30 被告(控訴人)勝訴
三審:最三小判H9.11.11 被告(被上告人)勝訴

1-2 前提

 物品税法は、同法1条の規定に基づく別表に掲げられた物品に限って課税物件とし(掲名主義)、別表第二種7号2には、課税物品として小型普通乗用四輪自動車が掲げられている。
 本件各自動車は、FJ1600と呼ばれるいわゆるフォーミラタイプに属する競走用自動車であって、道路運送車両法所定の保安基準に適合しないため、道路を走行することができず、専ら自動車競走場における自動車競走のためにのみ使用されるものである。

1-3 争点

フォーミュラタイプに属する競走用自動車が、物品税法が課税物件として規定する小型普通乗用四輪自動車に該当するか否か。

1-4 参照条文

物品税法1条・別表第2種7号2

1-5 原告の主張

 納税者(原告・被控訴人・上告人)は、本件各自動車は普通乗用自動車に該当しないから、税務署長の課税処分は違法である、と主張した。

1-6 被告の主張

 宇治税務署長(被告・控訴人・被上告人)は、本件各自動車は課税物件である小型普通乗用四輪自動車に該当し、課税処分は適法である、と主張した。

2 裁判所の判断

2-1 判決理由

 上告棄却。
 物品税法の課税物件とされた「普通乗用自動車とは、特殊の用途に供するものではない乗用自動車」と判示した。
 本件各自動車は、「人の移動という乗用目的のために使用されるものであることに変わりはなく、自動車競走は、この乗用技術を競うものにすぎない。」。したがって、「本件各自動車は、その性状、機能、使用目的等を総合すれば、乗用以外の特殊の用途に供するものではないというべきである、普通乗用自動車に該当するものと解するべきである。」。
 以上から、「本件各自動車が物品税法別表〜の小型普通乗用四輪自動車に該当するとした原審の判断は、正当として是認することができる。」という結論を導いた。

2-2 反対意見(尾崎行信裁判官)

 本件各自動車は、課税物件である小型普通乗用四輪自動車に該当しないとした。その理由は、次の通り。
 「「小型普通乗用四輪自動車」に該当するか否かは、人の乗用を伴うかの否かのみによって判断されるべきではなく、自動車としての性状、機能、使用目的等の諸要素及び陸運事務所の登録の可否、種別を総合勘案して判断するべき」である。
 その上で、「本件各自動車は、自動車競走場における自動車競走という特殊の用途に供するものとして、「普通」乗用自動車には該当しないと解すべきである。」とした。
 物品税法では、小型キャンピングカーが小型普通乗用四輪自動車とは別個の課税物品として掲げられていることを指摘。また、陸運事務所の登録基準により特殊自動車として登録されるものは課税対象としていないことから、「およそ登録基準に合致せず登録不能な本件各自動車を普通乗用自動車として課税の対象とすることは、均衡を失するものとして許されるべきではない。」「税務当局は、行政解釈により遊園地専用の乗用自動車及びゴーカートを「普通乗用」自動車に該当しないとして取り扱っているのであって、本件各自動車をこれに当たるとするのは、あまりにも恣意的にすぎる」と批判している。
 本件各自動車を普通乗用自動車に該当すると解釈するのは、課税要件明確主義の観点からも問題があると指摘し、「課税の必要性が高いのであれば、小型キャンピングカーのように同法の別表課税物品表中にその旨掲げれば足りる」と立法措置の必要性を言っている。

3 評釈

3-1 所感

 本件結論及び判決理由には賛成できず、尾崎裁判官の反対理由に全面的に賛成する。
 判決理由では、本件自動車を、人の移動という乗用目的のために使用されることのみをもって普通乗用自動車に該当するとしているが、これは自動車の効用を移動手段という最小限の範囲に捨象して、その適用範囲を拡大解釈したものである。「普通乗用」という言葉の意義を具体的に検討しておらず、全く乱暴な論理展開である。「乗用以外の特殊の用途に供するものではない」から「普通乗用」だという、このような解釈の下では、車輪があって自走可能な構造を持つものは、およそ全てこの定義に該当する可能性がある。具体的にはゴーカートや高齢者用の電動シニアカー、鉄道車両まで、その範疇に含まれる可能性がある*1が、そのような解釈が妥当でないのは言うまでもない。
 通達において、「乗用定員11名以上のもの」や、「無線警ら自動車、放送宣伝用自動車等、特殊な構造等を有するもの」は、普通乗用自動車として取り扱わない、としている点からも、課税庁の考える普通乗用自動車は限定的であり、それでいて、本件各自動車を普通乗用自動車に含めるとする取り扱いは、矛盾したものであると考えられる。
 反対意見の言う通り、判決のような解釈を認めるのは、課税要件明確主義の観点から問題があり、課税庁の恣意的な運用に繋がる解釈を認めるべきではない。やはり、本件のようなフォーミュラタイプ競走用自動車を課税対象とする必要性があるならば、別表に別途カテゴリを設けて行うべきである。

3-2 先例としての評価

 物品税法が既に廃止されており、後継の消費税法は掲名主義をとっていないため、直接的な影響力は限定されると思われる。しかし、例えば、個別消費税である酒税法は、課税物件たる酒類を品目として具体的に定義しており、その影響がないとは言えない。
 いずれにせよ、租税法律主義、課税要件明確主義の観点から、課税庁に包括的な課税要件の定義と恣意的な解釈を認めた問題のある判決と言えよう。
 租税法は、「その解釈は原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない」*2 とされているが、「競走用自動車を小型普通乗用自動車に入ると解するのは、一種の拡張解釈であるというべきであろう」*3 との評価も聞かれる。他の批判として「……レーシングカー事件最判は、判決自身は文理解釈の枠内に留まる意図であった(略)にもかかわらず、大多数の評者によって文理解釈の範囲を超えるものと評価された(いわば「文理解釈の失敗」の)事例として理解することができる。」 *4とも言われている。

4 参考文献

『判例時報』1624号 pp.71-74

判例時報  1998年2月21日(1624号) (判例時報)

判例時報 1998年2月21日(1624号) (判例時報)

教授の解説

  • 本件は、条文中の文言をどう捉えるか(文理解釈)が正面から問われた事件。
  • 本件自動車が、「小型」「四輪」「自動車」であることには、異論がない。「普通乗用」自動車であるか否かについて、法廷意見は「乗用」に着目して(「普通」を意図的に落として)該当するとしたが、反対意見は「普通」に着目して該当しない、とした。
  • 反対意見の中で一番注目すべき点は、「一般人の理解によれば」と持ち出している点。「本件のような競技用の自動車は普通乗用自動車ではない」という、一般人である納税者が条文を見て思う感覚を重視すべきである。
  • 実際の判決でしばしば持ち出される「課税要件明確主義」は、立法原理を言うときに使うものであって、解釈原理を問う場面で適した言葉ではない。課税要件明確主義に反するのであれば、この物品税法自体が違憲無効の結論になってしまう。


自分で考えているだけでは、気づかなかった視座を提示され、大変勉強になりました。

*1:「課税物品表に掲げる物品に該当するかどうかは、他の法令による名称及び取引上の呼称等にかかわらず、当該物品の性状、機能及び用途等を総合して判定する」(物品税法基本通達)とされ、本法上に自動車の定義はないのだから、このような解釈も可能となる。

*2:金子宏『租税法』(第22版)p.116

*3:前掲書 p.116注1

*4:藤谷武史「租税法令の解釈方法−−ホステス報酬源泉徴収事件」『税研 最新租税基本判例70』 p.25